「皇帝が亡くなった。…帝国の運命が変わる。銀河の歴史も変わっていくだろう」

 帝国歴487年、宇宙暦796年、銀河帝国皇帝フリードリヒ四世崩御す。
死因は病死と発表されたが、一部では謀殺説も囁かれている。しかし、彼自身を惜しむ声は乏しい。これといって期待をされぬまま大公として過ごし、兄弟が共倒れになったためにこれといって期待をされぬまま銀河帝国第36代皇帝に即位したからだ。放蕩と漁色、薔薇園の手入れに勤しみ、国政を顧みることはついになかった。
 皇帝の死、後世の歴史家はこれを新時代の始まりを告げるホルンの響きとも表現したが、この時代を生きる人々もこの響きをどこかで聞いている。

 皇帝を悼む声はごく形式的なものに限られ、人々の意識は次の覇権を担うものは誰か、という一点に集中していた。皇帝の娘婿たるブラウンシュバイク公オットー、リッテンハイム候ウィルヘルム、リヒテンラーデ候クラウス、そして「金髪の儒子」ローエングラム伯ラインハルト。政治の中枢に身を置く者は、皇帝の棺を前にして臆面もなく囁いていた。
 高級軍人たちも同様であった。
 国葬への参列を終え、ロイエンタールは元帥府にあった。傍らにはいつものように親友ミッターマイヤーの姿がある。

「覇権を握るべくはあの方を置いてあるまいよ。そうだろうロイエンタール」
「そうあるべきだろうな。だが、俺たちが『そうあれかし』と唱えたところで、古狸どもは納得せぬだろう」
「それはそうだろうが、俺たちはローエングラム伯に従い、戦うだけさ」

 ロイエンタールはその端正な顔に冷笑を浮かべ皮肉り、ミッターマイヤーが快活に笑いながら答える。彼らの親しい人間にとって、これはいつもの光景であり、皇帝崩御の折であっても変わらない。
 互いに笑み、肩をたたき合った二人は、それぞれのオフィスへと道を別った。

(「俺たちは戦うだけ」だが、いったい「誰」と戦うのだ?)

 ロイエンタールは歩を進めながら思案げに金銀妖瞳を伏せ、顎に手を当てた。その時、眼前に影かかかる。
 面を上げると、そこにはオーベルシュタインがロイエンタールの進路を阻むように立っていた。ロイエンタールも長身の部類に入るが、このオーベルシュタインはそれ以上だ。前に立たれると進路にも視界にも影がかかる。

「…何か?」

 見上げるように問いかけざるを得ないことが不愉快だ。オーベルシュタインはただ見下ろしているだけだったが、影となったその表情が面白いものを見ているようで、ロイエンタールの不快感をさらに煽った。
不快感を隠すような気遣いを要する相手でもないので、表情と声音にたっぷりと載せて問うてみれば、オーベルシュタインは自身の作る影の中でにやりと笑った。その瞳が緑色の光を帯びる。
この男は先天性の視覚障害のため、義眼を使用しているという話だったが、いったいこの瞳には何が映っているというのか。異様な緑色の光が、自身を捉えていることに気付き、ロイエンタールは不快感とともに得体の知れない薄気味悪さを感じさせる。無意識に背筋が震えた。

「そう構えずともよいだろう。私と卿は同じ旗を仰ぐ同士だ。違うか?」

 答えながらも、変わらずオーベルシュタインは影の中で笑う。

「確かに同じ幕下にあるが、そう親しく口をきく仲になった覚えはない。…何か、ときいている」
「何やら思案している様子だったのでな、同じ旗を仰ぐ者であれば気になったまでだ。『何を』思案していたのか、『何を』恐れているのか、とな」

 答えたオーベルシュタインは徐にロイエンタールの腕を掴み引き寄せ、長い脚を彼の両脚の間に割りいれた。虚をつかれる形となったロイエンタールはそのまま体ごと押され、脇の暗がりへと押しやられてしまう。

「恐れなど…ない!」

 同じ軍人ではあるが、権謀術数を得手とし、文官めいた印象を与えていたオーベルシュタインのどこにこの膂力があるのか。白兵戦を得意と公言していたロイエンタールが振り払おうとも、びくともしない。腕を握るその手が大きく、密着するその体が予想外に逞しいことに身震いがした。
 ロイエンタールの震えを体ごとに感じたオーベルシュタインはにやりと笑う。

「卿は恐れている。私には見えるのだよ。青い左眼はそうやって気丈に睨みつけるが、黒い右眼には…そう恐怖の影が見える」

 体ごと押しやられ、ついには壁に背を押しつけられてしまった。腕は未だに捉えられたままで、叩きつけてやろうと振りあげた肩腕までも捉えられてしまった。
 オーベルシュタインの人工の瞳の奥には気味の悪い緑色の光がある。体ごと密着し、鼻先が触れそうなほどの距離で、人工の瞳と金銀妖瞳が見つめ合った。この人工の瞳にはいったい何が映っているというのか。

「皇帝は死んだ。そして、我々にはローエングラム伯ラインハルトという旗がある。卿が進むべきは『光』かそれとも『影』どちらと思う?」
「…っ!」

 楽しげに笑いながら言い終えたオーベルシュタインが徐にロイエンタールに口づけた。取り押さえられ身動き一つままならぬ状況のロイエンタールは甘んじて口づけを受けるしかない。
 脳裏に「死神のキス」という言葉が浮かんだ。



 一幕の終わりあたりのイメージで。
言葉攻めエロスはまた今度。

→Main
→Menu

inserted by FC2 system