空を仰いで吐息一つ、彼は彼の患者に向き直り、説明を続けた。

「ホルモン分泌量の異常であれば、ホルモン補充療法が効奏します。レセプターの問題であれば、薬剤投与や場合によっては外科的治療が効奏します。ですが…この病気の場合、分泌異常とレセプターの障害に加えて、大脳視床下部の障害も伴いますので、今お話したいずれの治療法も効果は望めないと報告されているのです。ですので治療法は…」

 軍医の声は徐々に萎んでいった。

 最後の一言を絞り出すように話そうとしたところで、ロイエンタールは瞠目し片手で軍医の次の一句を制した。

 ここまで聞けば誰にでもわかる。治療法は「ない」のだ。


 男としての肉体は徐々に失われ、代わりに忌み嫌う女の肉体へと変化していく。
これを治療することもできず、変化していく肉体を受け入れるより他はない。

 それができなければ、世を儚んで自害するか、精神を病むだけだ。

 易々と受け入れられるものではない。受け入れてたまるかとも思う。

 しかし、受け入れられなかった場合の選択はロイエンタールの高い矜持が許さない。

 ロイエンタールは軍医を制した片手を眉間に添えて、固く目を瞑った。



 「男としての人生そのもの」にまで疎まれるとは…。

 生まれた瞬間から親に疎まれた身なのだから、これも当然なのかもしれない。

 だが、神という者が存在するのならば、奴はいったい俺をどうしようというのか。





 沈黙の帳が降りていたのは10分程だったろうか。

 長く息を吐いたロイエンタールはゆっくりとその色の異なる両の瞳を開いた。

「…それで、俺はどうしたらいい?卿としても診断を下してそれで終いというわけにはいくまい」

 感情のこもらない静かな口調であったが、滲み出る疲労感は隠しきれない。

「もし、もし閣下がお望みでしたら、このカウルマン=ヘンケル症候群を専門に研究している医師に連絡しまして、紹介させていただくことができますが…」

「その医者の研究材料になれと言うのか?」

 冷笑混じりにロイエンタールは聞き返した。

 びくりと肩を震わせた軍医はそれでも両手を固く握りしめ、ロイエンタールに身を乗り出すように話を続ける。

「我々は過去の多くの患者から得た貴重な経験を医療として現在、未来の患者に提供しているのです。研究材料と言ってしまえばその通りですが…閣下や他の患者から得た知見が未来の閣下を治療するのかもしれないのです。今後、閣下がお嫌でなければ、私が経過を診させて頂きます。ただ、大変に稀な症例ですので、いずれにせよ専門医にコンサルトしながら行うことになるでしょう。如何なさいますか?」

 軍医の声は弱いものだったが、そこには専門職としての真摯さが滲んでいた。

 そう言われれば諾と答えるしかない。しかし専門の医者とこの軍医以外にこの不愉快な病気を知られるのは嫌だった。

「益体もないことを言ったな。専門医とやらと卿に任せる以外に道はないようだ。だが、見世物にされるのはご免こうむる。学会やら何やらで俺のことを発表するのは止めてもらいたい」

 静かに、だが確かな口調でロイエンタールが答えると、軍医はほっとしたように力を抜き、乗り出していた上体を椅子の背に預けた。


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 まだまだ続きます。ちょっと長くなりそう。
 もっともらしい言葉を連ねてますが、全てデタラメですので、ご了承ください。

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