軍医がデータベース内の図にポインタを合わせると、図が拡大表示された。

 そこには、学生時代に見たことのあるホルモン分泌の仕組みが示されていた。

「通常でしたら、ええ、閣下もご存知のように、大脳視床下部から性腺刺激ホルモンが出され、そしていわゆる男性ホルモン、女性ホルモンが分泌されるわけですが…。ホルモンには必ずレセプターが存在します。分泌そのものが滞って場合にホルモン異常が起こるのはよく知られていますが、このレセプターに何らかの障害が生じた場合にも同様の異常が起こるのです」

 淡々と口調も表情も変えずに話す軍医にロイエンタールの焦燥は募る。


 医学の基礎だとか、理科の講義はどうでもいい。

 要はこの「カウルマンなんとか」という不愉快極まりない病気が治るのかどうか、そしてどう治療するのか、それを知りたい。


 焦れたロイエンタールは形の良い眉を顰め、指で机を叩く。

 視界の端にそれを認めた軍医は、それまで端末画面に向けていた視線をようやく彼の患者に向けた。


 医師としてはまだ若い、ロイエンタールと同年くらいだろうか。

 データベースから得た知識しかないが、この病気を宣告された苦悩は彼にもいくらか想像できた。


 彼の患者があと20歳若かったら、もしくは20歳年老いていたら、苦悩はあろうがまだマシだったろう。

 30代前半、自分が男性であるというアイデンティティは十分あり、気に入った女性との性遍歴もいくつかあるだろう。
一般的には家庭を持つことを考える頃合いでもある。

 仕事でも責任ある立場になりつつあるだろう。

 責任あるどころか、彼の患者は数多の戦艦と将兵を率いる帝国の双璧なのだから、患者の双肩にかかる重圧たるや、彼や彼の知る同じ30代男性とは比べるべくもない。

 そんな男が「男として役に立たない」とか「女性化する」と言われたのだから、泣き叫んで医師を罵倒しても良いくらいだ。

 だが彼の患者は苛立たしげではあるものの、概ね平静に見える。

 指揮官たるもの常に冷静沈着であらねばならぬといったところか。

 帝国の双璧というのも大変なことなのだなあ、などと些か暢気な感想を彼は抱いた。


 ともあれ、説明は続けなければいけない。
これから話すことこそが、彼の患者が知りたいと望んでいるものなのだから。


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