「閣下のご病気は、カウルマン=ヘンケル症候群だと思われます」

「何だ、それは?」

 耳慣れない名前にロイエンタールが怪訝な表情を浮かべ、聞き返した。

「はぁ、これはですね…」

 軍医は疑問もさもありなんと数回深く頷き、卓上の情報端末画面をロイエンタールへと向ける。

 そこには医師用のデータベースが表示されていた。
これは病名から、また種々の症状から診断名および疫学統計、予後、治療指針を検索することができ、医師にとって大変ありがたい物であったが、表示してある文章の殆どが専門用語であったため、見せられたロイエンタールはさらに疑問を深くするだけだった。

 「常位染色体の何番目がどうたら」だの「大脳視床下部がどうたら」だのと訳の分からない文言が連ねられている。

 食い入るように画面を見るロイエンタールの眉が更に顰められる様子に、軍医はますますもってさもありなんと大きく頷いた。

 「大変に稀な症例です。採血結果をご覧ください」

 そう言い、軍医が端末を操作すると、先ほどのデータベースの横に幾つもの数字が表示された。
その内の幾つかは赤いラインで色づいている。
要は赤いものが基準値より外れているのだろう。

 もとより、普段の健康診断ではお目にかかることのない項目ばかりで、基準外であるということ以外は、ロイエンタールの理解の範疇を越えていた。

「こちらはですね、血中のテストテロン値でして…」

 続けて、軍医は赤いラインをポインタで示しながら説明する。

 曰わく、血中の男性ホルモンの値が低下しており、反して女性ホルモンの値が上昇している。

 とりわけ、エストロゲンという種類が非常に高い値である。
集中力の低下や倦怠感はこのためであった。

「ですので、現在の閣下の状態は、月経前や二次性徴期の女性に近いホルモンバランスであると言っていいでしょう」

 「女性に近い」という表現にロイエンタールは表情を曇らせる。

 その様をちらりと見やるが、これといって何か言葉をかけるわけでもなく、軍医は端末に視線を戻し、さらに淡々と説明を続けた。


 画面は血液検査結果一覧から画像所見へと変わる。

「こちらが腹部の画像です」

 軍医は幾つかの画像を指し示すが、素人目には何が映っているのかよくわからない。
しかし、先ほどの「女性に近い」という表現に衝撃を受けたロイエンタールは、色の異なる両の瞳を凝らして画面を見つめた。

画像検査でわかったことは大きく二つあった。

 男性ホルモン値の低下に伴って、前立腺及び精巣が萎縮してきているという。


「男性機能が低下しているとか、性的欲求が湧かないといった自覚症状はおありでしたか?」

 軍医の問いかけにロイエンタールは沈黙をもって答えた。

 実はその自覚はあった。
疲労や体調不良のためだろうと考えていたが、確かに朝の身体的変化は日を追って乏しくなっていた。
節制のためと漁色を断ったものの、だからといって欲求不満に陥ることもなく、当然自慰が必要となることもなかった。

 ロイエンタールが表情固く沈黙したことを肯定と取り、軍医は頷いてから説明を続けた。


 再度、画面はデータベースへと戻る。

「このカウルマン=ヘンケル症候群はですね、ホルモン異常と異性化を主徴とした種々の症状の総称でして…原因は先天性の染色体異常ですとか、乳幼児期の発達段階での情緒不安定…被虐待児での報告例が数件ありますね。あとは宇宙線の影響ですとか言われていますが、はっきりとしていません」

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