帝国歴488年末、リップシュタット戦役の戦後処理と政治改革の大波が帝国に住む全ての人々を呑み込んでいた。
歓迎する者、拒否する者、反応はそれぞれだ。
 渦中のローエングラム元帥府の諸将たちは、人々の思惑がどうであろうと関係なく忙しい日々を送るしかない。

 しかし、ここのところ、ロイエンタールは体調の優れない日々を過ごしていた。

始めの数日は「飲み過ぎか」と高をくくり、酒量を減らしたり、休肝日を作ってみた。
ところが、それでも改善しない。

 次に疲労が溜まっているのかと考え、漁色を改め、出来るだけ残業もしないように、部下に任せられる仕事は任せるようにした。
親友の生活改善にミッーターマイヤーは大いに喜んだ。

 海鷲や別の酒場で共に杯を傾ける機会が減ったのは寂しい限りだが、不摂生が服を着て歩いているようなロイエンタールが品行方正な生活を送るのは実に喜ばしい。

 さては、良い女でも出来たのだろうか?
 身を固める決意が親友を真っ当な道へと方向転換させているのでは?

 想像の翼は羽ばたき、金銀妖瞳の友人がかしこまって「実は卿に会わせたい女がいるのだ」とか、「彼女に出会って俺の人生は変わった。卿の言うとおり、家庭とは良いものだな」と話す場面までもが思い浮かぶ。

「ロイエンタール、卿は俺に何か大事な話があるのではないか?」

 とうとう焦れてそんなことまで訊き出す始末だ。

 だが、ロイエンタールは怪訝そうに眉を顰め、ひらひらと手を振るばかりだった。

 それでも、親友の結婚式にはどういうスピーチをしたらよいか?などと浮かれるミッターマイヤーをよそに、ロイエンタールは日々黙々と軍務を務めながら生活を改善していった。


 だが、何とも言えない下腹部の違和感と全身のだるさ、そして熱っぽさ、加えて集中力の低下は改善されなかった。

 年が明けて帝国歴489年、一月ほどもその症状が続けば、さしものロイエンタールとはいえ、多少不安になってくる。
身体頑健、調子が悪いのは二日酔いだけ、毎年の健康診断でも「飲酒はほどほどに」のコメントしかもらっていないというロイエンタールだったが、このままでは軍務に影響しかねないと判断し、とうとう医者にかかる決意をした。

 生活改善を一時的に喜んだものの、その根幹には体調不良があると知ったミッターマイヤーや幕僚たちに強く勧められたのも理由の一つだ。



 さて、軍病院である。

 何本もの色の異なる容器に血液を採られ、何とかスキャンとかいう機械にも入れられた。
その前にも腹部を中心に、押したり叩いたりと散々触られた後に、ぬるぬるのジェルを塗ったくったものを当てられた。
ほとんどフルコースといってもいい程の諸検査を終えたロイエンタールは、ついぞ見せたことのないほど疲れていた。

 軍人であるから、一般の企業人よりもしつこい健康診断は常であったが、さすがに三日がかりというものは未経験だ。
一定年齢に達したものであれば受けるであろう諸検査もロイエンタールには初めての経験だった。

 採血は大した痛みではないし、何とかスキャンも横たわっていさえすればよかった。
しかし、ロイエンタールが閉口したのは直腸診とバリウム造影の二種の検査だった。
明るい室内灯の下で、軍医という肩書き以外は何者とも知れないような相手に肛門をまさぐられた挙げ句、前立腺まで刺激された。
バリウム造影はその前後に下剤を飲まねばならず、頻回の排便としぶり腹が非常に堪えた。

 軍務に支障を来させないために、ここで白黒つけなければならない。
ロイエンタールはその一心で諸々の検査に耐えたのだった。
呻き声一つあげず、眉をやや顰めただけだったのは高い矜持のなせる業だろう。



 そして、軍医より診断という名の審判が下る。それはロイエンタールにとって、死刑宣告にも等しいものだった。


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