ああ、ロイエンタール来たのか。
遅かったじゃないか。うん、ああ、別に約束なんざしちゃいないさ。
卿が遅れたわけじゃない。ただ俺が待ちくたびれちまっただけさ。
酒はどうだ、ワインか、ブランデーか。

 おい、エヴァンゼリン!ロイエンタールが来てくれたんだ、酒の用意をしてくれ!エヴァンゼリン!
 …返事がないな。あいつめ、最近耳が遠くなっちまってな。用事を頼んでも聞きやしない。
それでいて自分の都合のいいことはしっかり聞こえているんだから、女ってもんは困ったもんだよ。
おい、何を笑ってるんだ。俺が女を貶すのがそんなにおかしいか。
そりゃあ昔は卿が女を貶して俺が庇ってたさ。
女ってものは卿が言うほどに悪いものじゃないさ。だが、それほどいいものでもない。
 俺は卿と違うぞ。長年の実体験から言っているんだ。
卿だって一度結婚してみればよかったんだ。そうすりゃわかる、女ってものはそれほど悪いものじゃないが、それほどいいものじゃないってことがな。

 おい、エヴァ!エヴァンゼリン!まったく…返事すらしない。
まあ、いいさ。こんな時間だ、つまみはもういらないだろう。酒だけなら俺だって用意できる。
ちょっと待っててくれよ。ええと、グラスと氷、と。

……。

 何だ、お前台所にいたのか。
さっきから呼んでたろう、聞こえなかったのか。酒の用意を頼んでたんだよ。いいさ…いい!俺が用意する!
どこに物があるかぐらい俺にだってわかる!お前まで俺を役立たず扱いする気か!

……。
………。

 ふう、何だってこの家の階段はこう段が多いんだ。
畜生、この忌々しい膝め。俺の体だってのに最近は主人のいうことを聞こうとしない。
まったく、年を取るってのは嫌なものだなあ、おい。

 ああ、聞こえてたのか。卿の耳はまだ遠くなってないようで何よりだ。
 怒鳴っちゃいないよ、怒鳴ったわけじゃない。
あいつ、耳が遠くなっちまったからな、あれぐらい言わないと聞きやしない。
氷やグラスの場所ぐらい俺にだってわかるんだ。艦を降りてからはこの家にいる時間も増えたんだからな。

 そうだ、艦を降りたんだよなあ。
うん、ベイオウルフはまだあるよ。卿のトリスタンはあの戦の後に解体されたんだったな。いい艦だったのになあ。
ああ、ありがとう。ベイオウルフもいい艦だった。
 知っているか?トリスタンはレプリカを作って俺のベイオウルフと一緒に戦史博物館に展示されるそうだ。
俺たちが艦を降りても艦は一緒に並んでるんだ。

 俺たちは……、いや、よそう。飲もうじゃないか、さあ。

 永遠の友情に、乾杯!

 ああ、そうだ。フェリックスは元気にやっているよ。よちよち歩きで転んではぎゃあぎゃあ泣いてたチビすけが立派になっちまって、今じゃあ元帥閣下だ。
戦のほとんどない時代だからな、俺たちより昇進が遅かったが、ついひと月前に元帥杖の授与式があってな。アレクサンドル陛下から賜ったんだ。
 結婚はまだだ。こういうところは卿譲りかなあ。いや、誰か女と付き合っているという話も聞かんから、卿とは似ていないのかもしれん。
顔は瓜二つだってのになあ。どうにも頑ななところがあってな、よほど親しい人間以外は近付けない。アレクサンドル陛下やハインリヒ、それにミュラーやビッテンフェルト、男ばかりだ。

 子どもの出来なかった俺たち夫婦にあの子は「幸福」を運んでくれたが、あの子自身はどうなんだろうな。
 最近、つくづく思うよ。卿から預かって俺たちの子として育てたが、それでよかったんだろうかってな。

 なあ、ロイエンタール、俺はあの子を幸せにしてやれたか?
ああ、そうだ。うん、そうだな。つまらんことを聞いてしまった。あの子が幸せかどうかなんて卿に答えられることじゃあない。あの子自身が感じることだ。
本当に、卿はいつだって正しい。いつだってな。

……。
………。

 年を取るとな、どうにも自分が情けなくなって仕方がない。
膝やら腰やらあちこちが痛むし、眼はかすんで細かいものが見えない。
昔の、そう士官学校の頃や卿と一緒に宙を飛び回っていた頃のことはどんな些細なことだって思い出せるのに、最近のことは頭の中で靄がかかったみたいに思い出せない。
自分が昔嘲笑ってた鈍間な馬鹿野郎になってしまったみたいだ。
 本当に情けないよ。どこもかしこもガタが来ちまった。

 卿と一緒なら何だってできるってそう思ってたんだ。ああ、何だって…。
本当に思っていたんだ。あの時だって、皇帝にだって勝てるに違いないって。卿と一緒ならな。

 だが、そうできなかった。なぜ出来なかったんだろう。卿と一緒にたいと、そう願いさえすればそれでよかったのに。

 なあ、今からでも遅くはないかな。
 俺は卿と一緒にいたいんだ。卿といさえすれば何だってできる。こんなおんぼろな体でも、何だってできるんだ。

 なあ、もういいだろう。許してくれよ。卿と一緒にいたいんだ。
 
……。
………。
 そうだな、あと一杯、あと一杯だけ飲んだら、そうしたら卿と一緒に行かせてくれよ。ありがとう、卿はいつだって俺に優しいな。

 じゃあ、もう一度。

 永遠の友情に乾杯………。




新帝国歴47年12月16日、銀河帝国主席元帥ウォルフガング・ミッターマイヤー死去。享年78歳。

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