ハインリッヒ・ランベルツは思う。


 美しさというものにも種類があると。


 芸術家としても名高いメックリンガー元帥であったなら、それこそ現在使用されている帝国公用語から古語までもを駆使して小一時間ほどはその話題で語ることができよう。
しかし、養父の影響か本来生まれ持った性質ゆえか、その話題について彼は多く語る言葉を持たない。ただ、時折語るのだ。「あの方はとてもきれいだったよ」と極めて素朴な言葉を用いて。


 新帝国創成期に起こった第二次ランテマリオ会戦について、ようやく人々がわずかながらも語り出したのは新帝国暦も十年を越えようとしている頃であった。それ以前にも何かと話題に上ることはあったが、概ね戦争の及ぼした影響を数値化して、ランテマリオ会戦と他のものを比較したようなものが多く、人々の内から沸き起こる感情に即した話題はないに等しいものであった。
 実際、会戦のあった新帝国暦元年から数年は、皇帝ラインハルトの婚姻、アレクサンドル・ジークフリートの誕生、皇帝ラインハルトの崩御と立て続けに慶弔の重なった時期であり、長い長い戦争で鈍麻していた人々の感情が唐突に大きく揺れ動いた時期であった。人々が己の心を防御するために、感情の出口に蓋をしていたのも無理からぬことだろう。

 しかし、時という物は人々の営みや思惑など関係なく進んでいく。

 そして時はランベルツ少年をランベルツ青年へと変え、堅く閉ざされていた彼の感情の出口をわずかに緩めるに至った。

「それで?ハインリッヒ兄さん、オスカー・フォン・ロイエンタールというのはどんなひとだったの?」
 かの人と同じ髪とよく似た顔をもつ少年が、ソファから身を乗り出してハインリッヒに尋ねた。かの人について学校かどこかで、それとも養父と他の元帥方が話しているのを耳にしたのだろうか。
 ハインリッヒがかの人の従卒を務めていたことは知らないだろうが、最近フェリックスはごく身近な「物知り」であるランベルツに対して、この手の質問をすることが多くなった。ひょっとすると彼の父であるウォルフガング・ミッターマイヤーにはまだ尋ねてはいけない質問であると感づいていたのかもしれない。
 ハインリッヒは、今にもソファから落っこちそうになるほどに身を乗り出しているフェリックスを抱きかかえてソファに座り直させると、彼の隣に座ってその柔らかいダークブラウンの髪を梳いた。

「そうだね。…あの方はとてもきれいな方だったよ」

「きれいって、前の皇帝陛下みたいに?アレクのお父さんはすっごくきれいなひとだったってみんな言ってるよ」

 ハインリッヒは間近にその尊顔を拝したことはなかったが、ソリビジョンなどで先帝の顔は知っている。端正な顔立ちに豪奢な金髪が宝冠のように輝いていた。

「ラインハルト陛下も美しい方でいらっしゃったけれど」

 ハインリッヒはそこで言葉を切ると、フェリックスの髪をもう一度梳いてやる。指をすり抜けるダークブラウンの髪にかの人の姿を思い出す。
 実際に触れたことなどなかったが、間近で見ているとかの人の髪が艶やかで柔らかい性質であったことは容易に伺いしれた。食事やコーヒー、時にはワインを口にする優雅な仕草は、貴族然としていたがそこに男らしい強さも存在していた。苛烈な言葉を発する薄い唇さえ、かの人の美しさと強さを表していたように思う。
 優雅な仕草と外見の美しさ、そして内からにじみ出る強さ。それらは皇帝ラインハルトにも当てはまるだろう。

 しかし、両者には決定的な違いがあったようにハインリッヒは思う。

 語彙が豊富な質ではないので、誤謬があるかもしれないが、かの人にはどこか危うさというか脆さというか、そういうアンバランスな部分があった。
 かの人の瞳がそれを物語っていたように思う。

 すっきりと抜けるような青空と同じ青い瞳と憂いをたたえて濡れたように見える黒い瞳。その左右異なる色の瞳が自分に向けられると、わけもわからず胸が高鳴ったことを覚えている。
 かつてそれは稀代の英雄を前にした緊張や叱責を恐れてのことだと思っていた。しかし、養父や養父を訪ねる人々もまた稀代の英雄にも関わらず、かの人を前にしたものと同じ胸の高鳴りは感じなかった。思えばあの胸の高鳴りは、初恋のそれのようなものだったのだろう。
 青年期を迎え、ハインリヒも異性に対してそれなりの興味や好意を持つようになるが、かつてのような胸の高鳴りを感じることはなかった。

 かの人に感じたものは特別なものだったと年月を経てようやく思い至った。

 「皇帝陛下もきれいな方でいらっしゃったけれど…オスカー・フォン・ロイエンタールという方は、あの方はとても、うん、とてもきれいな方だったよ」

 かの人と同じ生糸のようなダークブラウンの髪をくしゃくしゃとかき混ぜてやると、フェリックスはくすぐったそうに肩をすくめ、声を上げて笑った。


 美しさには種類がある。


 かの人はハインリッヒにとって特別だった。想いを告げることも、遂げることもなく、時折燠火のように蘇る思い出とかの人の姿がハインリッヒの心を温めていた。これは自分に感情がある限りずっと変わらぬだろうとハインリヒは予感していた。



はじめてのロイ受けはハインリッヒくんの初恋話です。
ロイ←ハインリッヒ←フェリックスとか、お互い初恋の相手はロイ前提のハイフェリ(フェリハイ)だといい。

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