「神々の黄昏」作戦を前にして、諸将は会議に演習、デスクワークと忙しい日々を送っていた。会議で顔を合わせるものの、会議が終わればすぐにそれぞれの雑事に忙殺されてしまう中、ロイエンタールに声をかける機会に恵まれたのは、ビッテンフェルトにとって僥倖以外の何物でもなかった。

「ロイエンタール、今晩時間を取れるか?」

「別に構わんが」

 ああ、これはいよいよ「あれ」なのだな、とロイエンタールは告白の続きを予感し、身を固くした。ビッテンフェルトは硬い表情を崩さない。
 お互いそれぞれ己の取るべき行動や、思いを自覚しているが、いざ目の前に相手がいるとなると、どうにもうまく行動できない。最低限の言葉を交わしてみたものの、次が続かない。目を合わせることすら憚られて、ぎくしゃくとした空気が漂う。双方共に、己が失態を晒していることを自覚していたが、どうにも修正できそうになかった。
 今晩の予定を確認し合うと、二人は硬い表情を変えることなく、その場を離れ、それぞれのオフィスへと向かった。


 終業後、やはり変わらぬ硬い表情を浮かべ、ロイエンタールとビッテンフェルトは向かい合っていた。そこはごく庶民的ながらも個室を備えた居酒屋で、今をときめくローエングラム陣営を代表する提督が連れ立っていようとも、誰の目を気にすることなく寛ぐことのできる場所であった。
 双方黙したまま、ただただ向かい合っている。卓上に置かれたビールジョッキは中身を減らすことなく、ただ汗をかく。いくつかの料理も手をつけられることはない。
 気恥かしさと緊張と。その二つがビッテンフェルトを襲っていた。ロイエンタールはただじっと相手の出方を窺う。
 決断したのだから、せっかくロイエンタールを誘い出すという機会にめぐまれたのだから、告げねばなるまい。男子たるもの、将たるもの、前進あるのみ。
 ようやく心を決めたビッテンフェルトはビールジョッキを持ち上げ、景気づけとばかりに、無言で一気に飲み干す。大きく息を吐き出すと同時に、卓上にジョッキを叩きつけた。

「先日の件だが…すまなかった」

 ジョッキの立てた音とは対照的に、ビッテンフェルトの声は小さい。普段の彼を思えば意外としか言いようがない。だんだんとおかしさがこみ上げてくるが、ロイエンタールは表情を崩さず、ただ黙して、ビッテンフェルトの言葉の続きを待った。

「俺は、卿に恥をかかせてしまったのだろうか。だがな、あれは俺の偽らざる本心なのだ。俺は、卿を愛している。恥をかかせた俺を許してくれるというならば、俺と付き合ってくれぬか」

 語尾はどんどんとしぼんでいき、可聴域ぎりぎりまで小さくなっていく。それに比例するかのように、ビッテンフェルトの背筋も丸く縮んでいった。
 普段は威風堂々と背筋を伸ばしているビッテンフェルトが、今はしょぼしょぼと小声で話し、大きな背を縮めている。上目遣いで自信なさげに許しを乞う姿などなかなか見れるものではないだろう。
 まるで大型犬が主人に叱られているようだ。ロイエンタールはそう思った。かつて飼っていた大型犬も粗相をしたときはこんな風だった。大きくがっしりとした背を丸め、悲しげに瞳を潤ませて見上げてきた姿に、怒りは消え失せ、微笑ましさやおかしさだけがこみ上げてきたものだ。幼少時の記憶などそう思い出したくもないことばかりだったが、あの犬との思い出だけは心を温めた。

「……卿は猪だと思っていたが、犬にも似ているな」

 ロイエンタールはぽつりと呟いた。漸く思い人の口から出された言葉は、ビッテンフェルトの予想を外れている。いつもの嫌味なのか、罵倒の一種なのか、何を言い出したのかわからず、恐る恐る顔を上げれば、思い人は美しい顔に笑みを浮かべていた。
 見上げた顔もやはり愛犬と似ていて、自然とロイエンタールの心を温める。真っすぐに自分に向けられる好意は煩わしいものではなく、温かく好ましい。太陽の輻射熱が地表を温めるのにも似ていた。

「ああ、だからか…別に嫌ではないと感じたのはそういうことか」

 ロイエンタールの言葉は明確ではなく、ビッテンフェルトには己の問いかけに対する是か非か判断がつかない。困惑した彼の眉はますます下がり、その姿がさらにロイエンタールの笑みを誘った。犬に「待て」をさせて、焦れている姿を楽しんでいるような気持ちだろうか。おずおずと主人を見上げて「よし」の声がかかるのを今か今かと待っている姿は面白く可愛らしい。

「それ、で、卿は俺を許してくれるのか」

 焦れた犬がクンクンと鼻を鳴らし始めたようだ。このまま、涎の海ができるまで「待て」を続けるのも面白いが、「よし」の声で尾を振り振り喜ぶ姿も見たい。さて、目の前の猪ならぬ犬はどうだろうか。きっと見えない尾を千切れんばかりに振って、開けっ広げに喜びを表現するのだろう。それは楽しい想像だった
 。断る理由?そんなものはもう見つからなかった。目の前の男が、自分に真っすぐに感情を向けること、喜び、戸惑い、怒り、悲しみ、泣き、笑う、開けっ広げな表現を見たかった。そばで味わい、冷えた自分の魂を温めてくれることを期待した。そして、ロイエンタールはついに「よし」を与えた。

「是以外の答えはもう見つからんのだから、卿を許すしかないだろうよ」

 やっと与えられた「よし」にビッテンフェルトは喜びの感情を露わにする。ロイエンタールの想像通り、見えない尾を千切れんばかりに振り、身ぶり手ぶりで歓喜する。その姿は微笑ましく、可愛らしく、面白い。心の底がじんわりと温められていくのを感じ、ロイエンタールはさらに笑みを深くするのだった。


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