「大声で、かつ公衆の面前で愛を叫ぶ」行為を窘められたビッテンフェルトは次の一手を思案していた。
 猪とも陰口をたたかれる猛将は、その二つ名に似合わぬ姿で思い悩み、元帥府内のオフィスで顎に手を当てながらぐるぐると歩きまわっている。その姿は猪というよりも、馬房の中の馬のようだ。「ああ」だの「うう」だの低く呟き嘆息する。
 ビッテンフェルトにしてみれば、あれは最良の策であった。正々堂々と思いを伝えるのだから、男らしく健全な行為だろう。ただし、一般的に愛を告白する場面にふさわしい叙情性には欠けていた。その点はビッテンフェルトも自覚している。とすれば、あの行為はロイエンタールに恥をかかせる結果になってしまったのだろうか。

 二人っきりで、静かな場所を選んで、謝罪して、そして…。

「だめだ!だめだ!…俺にはできん!」

 ごくごく一般的な、叙情性にあふれる愛の告白を思い描くが、すぐに打ち消し、妄想を振り払うかのように大きく頭を振った。イメージは出来るのだが、気恥かしい。「気恥かしさ」というのが最大の壁となっていた。
 しかし、男子たるもの、そして将たるもの、「気恥かしい」を理由になすべきことをなさぬわけにはいかない。猛将の辞書に「前進」はあっても「後退」はない。
 何とか、良い場面を作り、そして愛を告げるのだ。ビッテンフェルトは「気恥かしさ」を振り払い、そう決断した。



 告白をされたロイエンタールもまた困惑していた。ビッテンフェルトの好意を断る理由を探しているのだが、どうにも決定打に欠けていた。
 「大声で、かつ公衆の面前で愛を叫ぶ」というパターンは当然断ることが出来る。実際に断っていた。では、違う場面ではどうか。他者の視線の気にならない場所で愛を告白された場合、自分は断りきれるのだろうか。

 いくつかの理由を探してみる。
 まずは同性であるということ。実はこれにタブーを感じてはいない。快楽主義の気があるロイエンタールにとって同性間の関係は特に忌避すべきことではない。女性と比べれば、間口は極端に狭くなるし、実際経験もないが、「気持ちよければいいのではないか」とさえ思っていた。
 次に、同じ軍閥に所属する同輩であること。帝国内、特に軍部において、同性愛は禁止されていたが、それもすでに形骸化されていたため、自由とは言えないものの、断罪の材料としてはやや不足していた。門閥貴族を打倒し、ローエングラム体制の整った現在、それを理由に陥れる輩も多くはないし、恐れるほどのこともない。ロイエンタール個人を陥れようとする者はいるかもしれないが、反駁する材料は陥れる手段の倍以上用意できる自信があった。上官であるラインハルト自身は同性間はもとより異性間の恋愛沙汰すら疎く、ロイエンタールの漁色をも関せずといった態であったから、問題はない。

 いくつかの理由をあげてみるものの、これといった理由は見つからない。最大の焦点は、ロイエンタール自身がビッテンフェルトをどう思っているか、だった。
 いよいよ核心に迫らざるをえなくなり、ロイエンタールは嘆息した。女性経験は豊富だが、恋愛経験は乏しく、ほぼないに等しい。自分が誰かをどう思っているかなど、あまり考えたことがなかった。

 まず、嫌いではないのは確かだ。能力は申し分なく、見栄えもする。あの猪突猛進という性質は、時に煩く感じるものの、面白いとも思える。先日の酒の席での様子や、顔を赤くして叫ぶビッテンフェルトを思い出すと、呆れを通り越して微笑ましくさえ思える。親友以外の他者を思っても、心の温度が上がることなどなかったが、ビッテンフェルトを思えば笑いとともに心が温まる。

 開けっ広げで、真っすぐで、温かい…。ロイエンタールにはない美点の持ち主だ。美点と認めてしまったことに気付き、ロイエンタールは苦笑せざるを得ない。一つの結論を得たロイエンタールはゆっくりと椅子へ座し、瞠目した。


 これはもう、断る理由がないではないか。俺はああいう温かい魂を持つ人間に惹かれるのだろうか。
 ミッターマイヤーしかり、ビッテンフェルトしかり…。
 彼らのそばにいれば、俺の冷えた魂もその輻射熱で温まることができるのかもしれない。


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