「今思えば全ては青春時代のいい思い出か…」

 ブランデーグラスを傾けながらワーレンが呟く。いつも通りの剛毅な笑い声も続いたが、その目は笑っていない。何やら遺恨は深そうだ。
 過去のあれやこれやを思えば、どうにも形勢不利であるロイエンタールとビッテンフェルトは目を反らさざるを得ない。

 それぞれあさっての方向に目を反らす二人を見て、ワーレンはおやと思う。ビッテンフェルトの行動は今も昔も概ね変わらない見慣れたものだが、ロイエンタールが彼と同じ行動を取ることは意外だった。
 少年時代のロイエンタールは、それこそ触れれば切れるナイフが服を着て歩いているようであったし、それから数年経って任官後の彼を見ることがあってもやはり同様だった。激しやすいとういう面は冷笑家の仮面に覆い隠されていたが、それでも彼の本質はやはり自他に厳しく、特に他者に対する態度には見えないトゲが多く含まれているように見えた。
 ミッターマイヤーという良い親友を得たからか、それとも時のなせる技か。ワーレンには、ロイエンタールは随分変わったように思われた。無論、現在のロイエンタールも相変わらずの冷笑家で毒舌家ではあるが、かつてに比べれば幾分かおおらかになったようにも思える。

「ロイエンタール、お前も随分と丸くなったものだなあ」

 思っていたことがつい口に出る。昔語りを肴に随分と杯を重ねたため、酒精の力を借りて口も滑りやすい。加えて「卿」という普段の敬称も吹き飛んでいた。
「この俺のどこが」と言われた本人はぶつくさと言っているが、ビッテンフェルトもワーレン同様に思うところがあるのか、大きく頷いていた。

「おお、それは俺も思う。こいつ、前はもっとツンケンしていたよなあ」

「確かに、取り澄ました顔でな。ぶち切れても無表情のままだったから、もう気味悪いのなんのって」

 散々な言われようのロイエンタールは、しかし何も言わない。頭にきていないわけではなかったが、思い当たる節もあり、口を挟めばさらに「昔のロイエンタール語り」に拍車をかけてしまうのではないかという危惧もあったからだ。
 こういう部分が「丸くなった」と思わせる理由だろう。ロイエンタールに自覚はないが、彼の性格がいくらかおおらかになったのは確かだ。心を許せる良い親友がいて、尊敬できる上司の元で働いている。好悪は別として、実力を認めた者たちと同じ旗を仰ぐことができる。そして軍務でも勲功をあげ、順調に出世している。これは一人前の男として最高の状況だろう。それに加えて、同盟軍は別として、長い間最大のストレッサーであった門閥貴族を打倒した現在、彼の性格がこれ以上歪む理由は存在しない。ロイエンタール自身も、自分がかつてほどの焦燥や葛藤を抱いていないことに気が付いていた。

「確かに整った顔をしていたが、あんな可愛げのない奴に夢中になる奴らの気がしれなかったな」

「おお、それは俺も同感だ、ワーレン!」

「そもそも男色家の連中の考えはわからんかったが、クロージクやら他の連中やら、ロイエンタールにのしかかったところで返り討ちだろう。何がよかったのやら」

「そうだった、そうだった」

 酒精に浸された赤ら顔のワーレンが饒舌に語れば、ビッテンフェルトが大きく頷いて同意する。

「その返り討ちにしても、例のごとくの無表情だろう!」

「何回か現場に踏み込んだが、無表情で股間を蹴りあげていたろう。せめて悲鳴のひとつでも上げれば可愛げがあるものを!」

「しかし、悲鳴を上げるロイエンタールというのも気味が悪いというものだ」

「俺は見てみたい気もするが。怖いもの見たさというやつだな!」

 赤ら顔のワーレンとビッテンフェルトは楽しげに笑う。普段のベースに差はあるが、そのヴォリュームは酒精の助けを得て数倍に増していた。

 人間が丸くなり、相手の話を黙って聞くくらいの度量もある。ましてその相手が実力を認めた同輩であればツンケンとすることない。火に油を注ぐこともないと口をつぐんでいたロイエンタールだったが、そろそろ我慢の限界だった。
「何も言わない」のは「何も思っていない」ことと同義ではないのだ。「大声で好き勝手いいやがって!」と腹に据えかねて、ブランデーグラスを握る手がぶるぶると震える。

「お前ら、ひとのことを何だと思っている…」

 がつんと鈍い音を立てて、グラスを叩きつけつつ、ロイエンタールが地を這うように吐き出した。オーベルシュタインの「ドライアイスの剣」とまではいかないが、気の弱い部下が聞けばその場で平伏してしまうようなロイエンタールの静かな低音のつぶやきだった。

「おお、それだそれ!『キャー』と悲鳴をあげんでも、そうやって反応があるのを『可愛げ』と言うのだ!」

「無表情で殴る蹴るをするよりも可愛げがある!」

 しかし、豪胆で知られたワーレン、ビッテンフェルトの両名の酔いと盛り上がりを冷ますほどの効果は得られなかったようだ。「可愛げ」だの何だのと、さらに盛り上がる両名にますますロイエンタールの苛立ちは増していく。
 普段は酔いに任せて暴走するビッテンフェルトの抑え役となっているワーレンまでもがこうであるから、後は殴って止めさせる以外にロイエンタールには術がない。しかし、いくら酒の席とはいえ、海鷲で同輩を殴り倒しては、軍の士気を低下させかねない。軍人用酒場で喧嘩をしても自分一人が処分を受ければよかった頃と異なり、ロイエンタールら三名とも周囲への影響力の大きい階級となってしまっていた。
 殴りかかろうとした拳を持て余し、ロイエンタールは目の前のグラスを空にすることしかできなかった。


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 ビッテンがロイへの恋心に目覚めるところを書くつもりが、ただの酔っ払い祭りになってしまった…orz

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