「貴様ら!何をやっておるか!」

 寮監をはじめとした教官が駆け付けた時、学生ホールの掲示板前は、まさに死屍累々といった有様だった。
 鼻血を出して床にうずくまる者、下腹部を押さえて悶絶している者、腹部をやられたのか吐瀉物を床に撒き散らしている者もいた。そうでない者も、制服のボタンが引きちぎれ、顔には腫れやひっかき傷といった勲章を付けていた。
 なおも戦闘を続けようとする猛者もいたが、教官の停戦命令が出てはどうにもできない。糸が切れたようにその場にしゃがみこんだ。

「貴様らがここにいられるのは何故かよく考えてみろ!近い将来帝国軍の礎となり叛乱軍どもを斃すためだ!私闘に興ずるためではない!」

 教官の一人が、学生たちを睥睨して言い放つ。よく通るその声は武人そのもので、血気盛んではあるがまだまだ少年の息を脱していない学生たちは竦みあがった。ほとんどの者は神妙な面持ちになり、その内動くことのできる者は姿勢とよれよれになった襟を正した。
 なおも教官の叱責は続く。

「貴様らは、皇帝陛下から賜っている篤いご信頼と、帝国臣民全ての期待を背負っているのだということを忘れるな!貴様らがぼろ布にしかけたその制服は誰が与えたものだ!皇帝陛下だ!そして、帝国臣民の血税によって作られたものだ!よく覚えておけ!」

 何名か、特に門閥貴族の子弟たちは「でも俺たちのは特別に誂えたものだから、与えられたものとは違う」などと考えていたが、ビリビリと空気を震わせるような教官の怒声と威厳に逆らうことはできない。特にこの教官、ドレクスラーは堂々たる体躯の持ち主で、彼の担当する陸戦格闘術は極めて厳しいことで有名であったからだ。ロイエンタールやビッテンフェルトに「死ぬまでやれ」と教えたのは彼であった。

「怪我をしている者は医務室へ行け。動けない者には手を貸してやれ。そして、首謀者と学生長は寮監室へ来い!」

 「首謀者」と言われて、学生たちの視線はロイエンタールとビッテンフェルトに集まる。それぞれ「俺が元凶ではない」と憮然としたが、ドレクスラー教官の目もこちらに向いていることに気付き、表情を改めた。

「やはり貴様らか…」

 首謀者でありながら悪びれた風のまったくない二人を見て、ワーレンは嘆息した。そのワーレンの制服には一片の乱れもない。幸か不幸か、遅れて学生ホールにやってきたワーレンは、すでにもみくちゃの大乱闘に発展している現場に出くわし、すぐに寮監室に飛び込んだのだった。


 さて、寮監室である。
 ロイエンタール、ビッテンフェルト、ワーレンの三名が直立不動でいるその前には、寮監であるヘルトリングが座り、その横にはドレクスラーが立っていた。
 ヘルトリングはこの時六十歳、一時軍を退役したもののその実績と人格を買われ、現在は悪たれどもを預かる身となっていた。
 腫れやひっかき傷といった華々しい勲章を身に付けたロイエンタール、ビッテンフェルトの両名を見て、彼はため息をついた。

「さて、何があったんだね?君たちが理由もなく私闘をするとは、私には思えんが」

「はっ!ロイエンタール学生とクロージク学生が同室になることが気に食わなかったからであります!」

 堂々と言いだしたのはビッテンフェルトだった。ヘルトリングに目で促されて、ロイエンタールも続ける。

「ビッテンフェルト学生がそのことで私に意見を述べたのですが、私はその意見に同意することが出来ず、諍いとなってしまったのであります」


 それから、「クロージク学生がロイエンタール学生に性的な興味を抱いている」こと、「後ろから取り押さえられた状況でロイエンタール学生が、クロージク学生に性的な接触をされかけた」ことなど、乱闘に至った経緯を話した。
 ロイエンタールは、同性から性的な侮辱を受けたと、口にするのも嫌だった。しかし、ヘルトリングに穏やかな口調で問いかけられると、何故かするすると口を割ってしまうのだった。

 首謀者両名の言い分を聞き終わると、綺麗に整えられた口髭を撫で、ヘルトリングは思案する。
 そもそも、男色家の噂のあったクロージクと、ロイエンタールを同室にすることに対してヘルトリングは反対していた。しかし、他の教官や校長までもが賛成を唱えていたため、部屋割を変更せざるを得なかったのだ。
 今回の決定を得て、明らかに問題が生じている。このまま強行すればさらなる問題が起こるだろう。クロージクもその性癖さえ見なければ悪い学生ではなかったし、ロイエンタールに至ってはその能力の高さは他者の追随を許さぬ程だとヘルトリングは思っていた。その両名が同性愛関係を結んでしまっては、規律が乱れるだけではなく、将来有望な人材をむざむざ失うことになりかねない。

「ワーレン学生、学生長として君はどう思うかね?」

 ヘルトリングに問われたワーレンは姿勢を正して答えた。

「先ほどドレクスラー教官の仰っていたように、私闘は許されるべきものではありません。しかし、もしその場に私もいたのであれば、ビッテンフェルト学生やロイエンタール学生と同じことをしていたでしょう」

 ワーレンの答えを得ると、ヘルトリングはドレクスラーをと顔を合わせ、そしてにっこりと微笑んだ。ドレクスラーも微笑みかけたが、すぐに表情を引き締める。

「なるほど、よくわかった。校内の規律を乱すようなことはするまい。件の部屋割は白紙に戻すとしよう」

 ヘルトリングの言葉に三名は顔を見合わせる。ビッテンフェルトはその細面に喜色を浮かべ、両隣りのロイエンタール、ワーレンに飛びつかんばかりだった。ロイエンタールもまた、うっすらと笑みを浮かべていた。

「しかし……」

 続いたヘルトリングの言葉はそれまでの穏やかなものとは打って変わって厳しいもので、喜びもつかの間、浮足立った三名は、改めて姿勢を正す。

「理由の如何を問わず、私闘を起こした者は罰せられるべきだ。首謀者たるロイエンタール学生、ビッテンフェルト学生の両名は、起こした騒ぎの大きさを鑑みると放校処分となってもおかしくない」

 「放校処分」の言葉に、ロイエンタールとビッテンフェルトはぎくりとする。項垂れた両名と、彼らを見て顔色を変えているワーレンを見て、もう一度ヘルトリングは微笑んだ。

「…だが、規律を正さんとした諸君らの意思は誤っていない。一週間の謹慎と三カ月の奉仕活動を命ずる。奉仕活動の詳しい内容はドレクスラー教官に聞きなさい。ワーレン学生には学生長としての責任がある。相応の処分が下されると思っていなさい。今回の乱闘に加わった他の学生についても、それ相応の処分を下すものとする。以上だ、三名とも下がってよろしい」

 放校処分を免れた喜びがロイエンタール、ビッテンフェルトの体を駆け巡る。ビッテンフェルトなどは、すぐにでも飛びあがって喜びたいほどの気持であった。しかし、三名ともに喜びを体内に押しとどめて、規定通りの敬礼をすると、その場を辞したのだった。


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 前回に引き続きのオリキャラ登場で申し訳ありません。
ヘルトリング教官はビュコックさんみたいなイメージで。ドレクスラー教官は見た目ジョン・シナ(@WWE)みたいなイメージ。かっこよすぎる!(笑)
 士官学校に、理屈だおれのシュターデンみたいなひとばっかりじゃなくて、話のわかるオジサンもいて欲しいのです。

 学生隊の分隊長にはふつう4学年がなるものですが……
 いいじゃない、銀河帝国では1学年一分隊で、それぞれの学年で分隊長がいるってことで!

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