士官学校同期生が三人集まり、そこに酒も加われば、昔語りに花が咲く。

 「親友」だとか「友人」という程密な間柄ではなかったが、同じ釜の飯を食った仲である。共通の話題も多い。
 あの教官は厳しかったとか、開校記念祭でのエピソードなど、他愛もないものから始まり、その内容は多岐にわたる。


「卿たちのせいで俺は何度寮監のところへ報告にいく羽目になったか…」

 苦笑を浮かべ過去に思いを馳せるワーレンの横顔は常よりも何割か渋みが増していた。 学生長を務めたワーレンにとっては、それぞれ方向性の違う問題児には手を焼いていた記憶がある。
 ワーレンのこの言葉に、ロイエンタール、ビッテンフェルトともにばつが悪そうな表情を浮かべた。もちろん、ロイエンタールはその冴えた美貌に覆い隠されて、その変化は微々たるものであったが。

「門閥貴族のバカ息子と乱闘騒ぎを起こして、放校処分になりかけたのを覚えているか?」

 ワーレンの問いかけに、それぞれ過去に思いを馳せる。
当時の出来事が脳裏によみがえり、ロイエンタールは「思い出したくもない」と渋面を浮かべ、片手を振った。


 彼らが三学年に上がろうかという頃、その騒動は起こった。
 ロイエンタールとそれまで二年間同室だった者が家庭の事情で退学せざるを得なくなり、彼の横のベッドが空となった。ロイエンタールにしてみれば、このままあと3年間一人部屋で過ごすことができれば御の字であったが、事は彼の目論見どおりにはいかない。
 こともあろうに、かねてよりロイエンタールに執心していたクロージク子爵の子息がそのベッドを狙って立候補したのだ。
 そもそも同室者を決めるのは教官の役割であって、士官候補生の立候補が意味をなすものではない。だが、門閥貴族の持つ権力の大きさは計り知れない。  クロージク子爵は大事な息子の希望を叶えるために、士官学校側に圧力をかけたのだった。

 貴族の子息がそのお取り巻きと同室となるために、部屋割に圧力をかけることはほとんど常態化していたため、今回のクロージク子爵の要望もつつがなく通り、「お綺麗な顔が仇をなした」ロイエンタールはそれから二年間を男色の気があるバカ息子と過ごす羽目となると誰もが予想していた。

「哀れなロイエンタール学生!あいつめ、顔が綺麗なばっかりにこんな目に!」
「ロイエンタールの奴はうまくやったな。ケツを差し出して権力を買ったのだ」

 当時、ロイエンタールに多少なりと好意を持っていたり、門閥貴族のやり様に反感を持っていた者は前者を口にし、そうでない者は後者を口にした。
 ロイエンタール自身はそのどちらにも「是」と応えなかった。男妾となって門閥貴族どもの末席に侍る気は毛頭なかったが、己を憐れむ気もなかった。貴族のバカ息子の希望は通るだろう。ではどうやってバカ息子から仕掛けられてくる攻撃をやり過ごすのか。ロイエンタールは目の前に迫る現実をどう対処するかに専念していた。

 長期休暇もあと数日を残し、寮には学生たちが戻ってくる。その頃、誰もがロイエンタールが男色家の餌食になることを疑っていなかった。
 細々とした連絡事項や講義スケジュールを見に、多くの学生たちが学生用掲示板前にたむろしていた。そこに掲示されたものの中に例の部屋替えの件を見つけ、「ああ、やっぱりな」と殆どの学生が思っている中、そこに一本の腕が伸ばされた。
 ビッテンフェルトだった。

「くだらん!こんなもの認められるか!」

 彼は掲示物をむしり取り、その手でびりびりと破いた。元は1枚の紙だったものが細かな紙屑の山となっていく様を、多くの学生が唖然として眺めていた。

 ロイエンタールも同様に、その色の異なる両の目を開いてその光景を見ていた。その脳裏にはいくつもの疑問符が並ぶ。この男は何をした?何を言っている?俺があのバカ息子と同室になることはこの男と無関係だろう?何のために?
 唖然としているロイエンタールを視界の端に認め、ビッテンフェルトは学生たちを掻き分けて大股で歩み寄った。そしてむんずとロイエンタールの胸倉を掴み上げる。

「何を涼しい顔をしている!貴様のことだろう!それとも噂通り奴にケツをくれてやって成り上がるつもりか!」

 静まり返ったホールにビッテンフェルトの怒号が響き渡る。胸倉を掴まれてこう怒鳴られては堪らない。現在のロイエンタールなら冷やかな笑みと痛烈な厭味で返しているだろうが、この時の彼もまた血気盛んな年頃の少年だった。

「誰がケツをくれてやるものか!だいたい貴様には関係ないことだ!」

 ビッテンフェルトの腕をむしり取り、ついでにその顔に拳をくれてやってからロイエンタールは言い放った。ロイエンタールがそうであったように、ビッテンフェルトも血の気の多い少年時代である。(現在進行形で血の気の多い人物ではあるが)右の頬を殴られたら左の頬を差し出せという言葉は彼の辞書には存在しない。「右の頬を殴り返されたら、倍返し」が彼のモットーであった。そのモットーに外れず、殴られた頬を確かめる間もなく、ビッテンフェルトは反撃に出た。

「何もせずに同室になるつもりだったのだろう!ならばケツをくれてやるも一緒ではいか!」

 数回殴り合ってから、そう言い終える前に再度拳を目の前の美貌に振りおろしてやろうとしたところで、ビッテンフェルトは何者かにその腕を掴まれ、床に取り押さえられた。振り返るとそこにはクロージクがいた。彼が取り巻きの内でも屈強な者に命じてビッテンフェルトの腕を止めさせたのだった。クロージクはニキビとあばたの入り混じった顔に人を見下したような笑みを浮かべている。正面を見やれば、ロイエンタールもまた、彼の取り巻きの一人に取り押さえられていた。

「美しいものは愛でてこそ輝くというものだ。貴様の汚らしい拳で傷でも残ったらどうする?」

 クロージクは、にやにやといやらしい笑みを顔に張り付けて言い、取り押さえられたままのロイエンタールに近付く。もがくロイエンタールから、汚らしいのは貴様の存在そのものだ!と言わんばかりにぎろりと睨みつけられても、よりその笑みを増すだけだった。ロイエンタールに近付くとしゃがみ込み、その細い顎に手をかけ、さらに言葉を続けた。

「少し赤みがあるだけで酷くはないようだな。良かった。君の美しい顔は天上からの贈り物だからね」

 ビッテンフェルトに向けた声とは打って変わっての猫なで声。太い指にやわやわと顎から頬を撫でられ、ロイエンタールの背筋に怖気が走った。
 門閥貴族の子弟やその取り巻きはにやにやと下卑た笑いを浮かべながらその様を眺め、それ以外の者も手を出すこともできずに成り行きを見守っていた。巨漢に取り押さえられているビッテンフェルトは懸命に脱出を試みているが。しかし、明らかなウェイト差のある相手に全体重をかけられているため、その様はただもがいているようにしか見えない。

「そうだ、君のことをオスカーと呼んでもいいかい?ねえ、これから同室になるんだもの。仲良くしようじゃないか」

 なおもクロージクの言葉は続けられ、その間にもロイエンタールの顔を撫でる動きは止まらない。しかし、クロージクの両手に両頬をやんわりと包まれ、接吻でもするようにニキビとあばたの入り混じった顔を近付けられたときにロイエンタールの堪忍袋の緒は切れた。否、それ以前にとっくに切れていたのだが、これがロイエンタールが反撃に出る契機となったのだった。

 ごつ、と鈍い音がした。

 クロージクとロイエンタールの方を見たビッテンフェルトの目に映ったのは、鼻を抑え込んで床で悶えているクロージクと、そのまま前方から後方へと頭部の動きを転換したロイエンタールが取り巻きの一人に頭突きを食らわしている姿だった。
 人体にいくつかある急所の一つである鼻を、人体で一番重量がある部分でもって突かれては、クロージクもその取り巻きも鼻血を吹いて床で悶えるしかなかった。ロイエンタールの急襲が功を奏し、瞬時に形勢は逆転した。
 しかし、そこで攻撃の手を休めるロイエンタールのではない。「軍隊における格闘術はスポーツではない。敵を床に転がしてもそこで試合終了にはならん。敵が死ぬまで攻撃の手は緩めるな」という陸戦格闘術の教官の教えを忠実にロイエンタールは守っていた。鼻を押さえるために両の手を使ったことでがら空きになった腹部に向かって蹴りを入れる。
 慌てたビッテンフェルト側の取り巻きは彼を離し、クロージク子爵令息を救出しようとするが、それがビッテンフェルトにとって反撃の好機となった。一瞬背を向けた巨漢に飛び掛かり、倒れたところに馬乗りになる。この態勢を取ってしまえばあとは殴り続けるだけだ。ビッテンフェルトもまた教官の教えを忠実に守り、その攻撃の手を緩めることはなかった。

「貴様ら!何をする!」

「我ら貴族に歯向かうか!」

「貴族どもの好きにさせるか!」

「威張りくさりやがって!」

 自分たちにに逆らう者などないと高をくくっていた門閥貴族の子弟たちは、思いもよらぬ反撃に当初唖然としていたが、ロイエンタールの蹴りがクロージク子爵令息の下腹部に命中し悲しげな悲鳴が響いたところで我に返った。
 怒声とともにロイエンタールとビッテンフェルトの二人に飛び掛かる。そこに平民や下級貴族出身の者たちもまた参戦した。彼らもクロージクをはじめとした門閥貴族の子弟たちの行いには腹に据えかねるものがあり、それが一気にここで爆発したのだった。
 それぞれの鬱憤が罵詈雑言や拳に変わり、場はさらに乱れていく。騒ぎを聞きつけた教官たちに取り押さえられるまで乱闘は続くのだった。



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 ロイエンタールが貴族のバカ息子からセクハラを受けるのはお約束ですよね!

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