「誰か知らんが大昔の偉い奴が生まれた日は、ご馳走が食えて、ついでに何やら良い物をもらえる挙句に、年が明けてしばらくは休みがもらえる」


 ビッテンフェルトにとってそんな素晴らしい日である12月25日、彼は恋人であるロイエンタールを伴って実家を訪れた。
 事前に打ち合わせたとおり、昼前くらいにロイエンタールの私邸の前に地上車で乗り付ける。鍵を預かり駐車スペースへ向かおうとする使用人へ『すぐ出るから』と断っていると、美貌の恋人がエントランスの階段を下りてきた。ここしばらくは軍服か、それをはぎ取った白い裸体しか見ていなかったため、カジュアルな(とはいえ、ビッテンフェルトには想像もつかないほど上質なものだろう)ニットとパンツのスタイルは、よく晴れた冬の陽光に輝いて見えた。普段ほどに整えられていないダークブラウンの髪はさらさらと揺れ、時に白い額を隠す。ほう、と見惚れてからにやりと笑う。
(これはお袋やカトリンが騒ぎそうだ)
 何やら自慢のおもちゃを見せびらかすことが楽しくて仕方がないというような、そんな子供じみた気持ちを覚えた。

 暖かい地上車に乗り込み、ビッテンフェルトの実家のある地域へ向かう。オーディンよりやや離れた地方都市であるそこへは、昼食休憩を挟みながら約5時間ほどの道程だ。冷えているが空はよく晴れて澄みわたり、遠くの景色もよく見える。絶好のドライブデート日和だ。
 道中、車窓から見える建物や山々などの景色を指差し教えてやれば、ロイエンタールは興味深そうに眺める。窓を開ける季節であれば身を乗り出していたのかもしれない。そう思うほどに彼の金銀妖瞳は好奇心に輝いていた。『夜、酒、ベッド、セックス』とパターン化した逢瀬ばかりだったから、恋人のこういう姿はビッテンフェルトにとって新たな発見だった。ここで『可愛い』と口に出してしまうと、気難し屋の恋人はすぐにへそを曲げてしまうだろうから、にやにやと眺めるに留めて、言葉を飲み込んだ。

 そして夕刻、気の早い冬の日は暮れ始めている。自動運転に任せてうつらうつらとしているうちに、ビッテンフェルトの生家のある地方都市に着いた。入り組んだ下町の路地は自動運転システムに認識されないため、ここからは手動へと切り換える。生家からは少し離れた時間貸しの駐車場に地上車を停め、二人は路地をゆったりと歩きはじめた。
「そこの公園でよく遊んだもんだ」
ビッテンフェルトの指差した先には小さな児童公園がある。塗料が剥げ、錆の浮いた遊具が2つほど、暮れなずむ景色に溶け込んでいた。
「『暗くなるまでに帰ってこい』と言われていたが、友達連中と遊ぶのが楽しくてな、その内にすっかり日が暮れちまって、しょっちゅうお袋に怒鳴られた」
目を細めて少年時代を語るビッテンフェルトの横顔が、ロイエンタールには眩しい。すっかり暗くなった公園で遊ぶ泥だらけの少年、母親に叱られしょげかえる少年、かつての姿がありありと浮かんだ。ロイエンタールには存在しなかった賑やかで温かいその姿に胸の奥がじんと温かくなる。それに気恥かしいような心地を覚えて、愛おしさに照れ隠しも交えて、オレンジ色の頭髪に手を伸ばしてぐしゃぐしゃに掻きまわしてやった。

「兄さん、お帰りなさい!寒かったでしょう、さあ入って!お友達もさあ、…」
 じゃれ合っているうちにビッテンフェルトの生家に着き、呼び鈴を鳴らせば妹と思しき女性が勢いよく扉を開き、そして固まった。彼女の兄と、兄の友人を交互に見て、ぽかんと口を開ける。みるみる間に頬が薔薇色に染まった。彼女の後からやってきた母親もまた同様にそのふくよかな頬を薔薇色に染め、ロイエンタールが礼儀に則った挨拶の後に手土産の花束と菓子を渡してからも、少女めいた様子は変わらず続いていた。
それでも、食卓の様子はロイエンタールの想像通り大層賑やかで喧しくなり、そこにほろ酔いで帰宅した父親も混じれば、それは最早ロイエンタールの想像を超えた世界となった。夫を戦争で亡くした妹は実家に出戻り、老親の世話をしている、と話せば、父親は『世話をしているのはどっちだ』と混ぜっかえす。その間にも母親はロイエンタールの皿へと肉やら芋やら心尽くしの料理をやれ食えそれ食えとばかりに次々と盛る。ビッテンフェルトの言っていたようにそれらの料理はどれもこれも美味だったが、じっくりと味わう隙もなく次から次へとお替わりがやってくるのだからたまらない。横を見ればビッテンフェルトは賑やかに喋りながらもばくばくと料理を平らげていくし、周りを見渡せば父親はもちろん、妹や母親まで人の世話をしながらも喋り、そして料理を平らげていた。ビッテンフェルトがビッテンフェルトになった所以がよくわかるというものだ。
 賑やかで喧しい家族の団欒に目を丸くしながらも、ロイエンタールは彼なりのペースで料理を平らげ、持参したワインを飲んだ。ワインのせいか、喧しい家族に中てられたせいか、ロイエンタールの白磁の頬がほのかに染まっている。
 ロイエンタールにとって未知の世界だったろうこの喧しい家族の食卓が、彼の気にそぐわないものなるかもしれない、と食事をしながらも気を揉んでいたビッテンフェルトだったが、恋人の頬がほのかに染まり、それがたいそう柔らかい様子だったことに安堵の笑みを浮かべた。父、母、妹も、次男坊のその笑みを見て、目を合わせて笑う。次男坊が連れてきた美しい青年を歓待しようと普段以上にはしゃいでしまった。青年はビッテンフェルト家やこの家を訪れる他の人々と違って開けっ広げに笑うことはないが、このもてなしは及第点をもらえたようだ。安心すれば違うものも見えてくる。どうやら次男坊にとってこの美しい青年は至極大切な存在らしい。士官学校の同期生で、同僚、『親しい友人』と聞いていたが、それ以上の存在なのかもしれない。次男坊が彼を見る視線と表情がそれを物語っていた。

 食事も済み、片付けがあるからとビッテンフェルトとロイエンタールは客間へと追いやられた。帰宅時からほろ酔いだった父親はすっかり酔いが回ったようで、浴室で家中に響き渡るほどの大音量の歌声を披露したあとは、寝室に押し込まれごうごうと鼾をかいている。かつては兄弟の子ども部屋だった客間にはベッドが二つと、小さなテーブルと椅子が一脚並んでいた。ロイエンタールはベッドの縁に腰かけ長く息を吐いた。
「すまんな、喧しかったろう?」
ビッテンフェルトはコーヒーを手渡しながらそう謝罪した。手を伸ばして受け取ったロイエンタールはゆるく首を振る。一口コーヒーを味わい、もう一度長く息を吐いた。薄く笑みを浮かべた白磁の頬は変わらずほのかに染まっており柔らかい。
「降誕祭とはこういうものなのだな」
「ああ、余所ではどうか知らんが、うちはこんなもんだ。上手いご馳走をたらふく食って、騒ぐんだ」
コーヒーカップをテーブルに置き、ビッテンフェルトはロイエンタールの頬に手を添える。それはいつもに比べて柔らかく温かい。
「俺はそういう降誕祭を知らなかった。着飾った男や女がセックスの相手を探すような場は知っているが、今日のようなのは初めてだ」
ロイエンタールは目を細めて微笑む。長い腕を伸ばしテーブルにカップを置くと、恋人の武骨な手に温もった頬を擦り寄せた。
「くだらない遣り取りをして過ごすことしか知らなかったから、卿に誘われたときにどう返事をしてよいものかわからなかった。きっと卿の実家であれば賑やかで温かい降誕祭を過ごすのだろうと思ったが、そこに俺がいることが想像できなかった」
「卿がいても、いや卿がいてくれたから随分と賑やかだったよ。あいつら、美形の客人相手にたいそうはしゃいじまったみたいでな。コーヒーを取りに降りたら台所で妹が『煩くしてごめんなさいと伝えておいて』なんて殊勝なことを言っていたぞ」
温もった頬を撫で、空いたもう一方の手でダークブラウンの髪を梳いてやると、美貌の恋人はくすくすと笑った。柔らかい髪の中もいつもに比べてほんのりと温かい。
「温かいな、卿の手は。卿の家族も、何かも…卿は温かいな」
ビッテンフェルトの手に頬を擦りつけ、ロイエンタールの金銀妖瞳をうっとりと閉じた。幼いその表情はビッテンフェルトにとってついぞ見たことのないもので、幼いころに読んだ童話の『降誕祭の奇跡』という言葉が思い浮かんだ。


 「誰か知らんが大昔の偉い奴が生まれた日は、ご馳走が食えて、ついでに何やら良い物をもらえる挙句に、年が明けてしばらくは休みがもらえる」素晴らしい日であった降誕祭。今年からはそこに新しい文言が加わった。
「誰か知らんが大昔の偉い奴が生まれた日は、ご馳走が食えて、ついでに何やら良い物をもらえる挙句に、年が明けてしばらくは休みがもらえる。愛おしい恋人のいい顔の見られる」素晴らしい日、と。


甘ーい!甘いよ次男坊!

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