降誕祭、Christmas、そしてWeihnachten
人類がその住処を荒れ果てた地球から宇宙へと変えた頃より、その風習の宗教的意義は徐々に薄れ、救世主の降誕や聖夜という表現はされず、当然ながら大宗教の教会でミサが行われることもなくなっていた。
 しかし、風習そのものは人々の生活から消えることなく、帝国歴も490年近い現在であっても続けられていた。

「誰か知らんが大昔の偉い奴が生まれた日は、ご馳走が食えて、ついでに何やら良い物をもらえる挙句に、年が明けてしばらくは休みがもらえる」

 件の風習をそのように解釈しているビッテンフェルトはクリスマスが好きだ。帝国の人々のほとんどがそうであるように、クリスマスは家族と過ごし互いの息災を願うのが当然と思っている。幼いころは両親や兄弟、親戚連中と、青年となればそこに愛情を交わした相手が加わる。ビッテンフェルトにとってそれは至極真っ当なクリスマスの過ごし方であった。
 軍務について数年の間は、クリスマス休暇を取り損ねたり、既婚の同僚に譲ってやったり、傍らにいるべき恋人が存在しなかったりと、彼にとっては不本意な過ごし方をしていたものの、今年は違う。
 上手い具合に休暇が取れた。そして愛しい相手がいる上に、相手もまた上手い具合に休暇を取ることができたのだった。これを喜ばずしておれようか!
 さっそくビッテンフェルトはオーディンの下町にある実家へヴィジホンを掛け、休暇には帰る旨を伝えた。

「おお、お袋か?ああ、なんだお前か。ずいぶんオバサンくさくなっちまったからお袋かと思った。…そりゃそうだ、お袋のほうがずっと萎びてるよな。って、お袋には言うなよ?おい、まて、言うなって、こらカトリン!」
 ヴィジホンの画面越しに見る妹は随分と所帯じみて見えた。母親そっくりの顔で、またそっくりな声でわめく妹を何とか諫めて、クリスマス休暇には自分ともう一人、すっかり足の遠のいた実家に厄介になると伝えれば、妹はそれまでの所帯じみた顔には似合わない高い声を上げて少女のように笑った。
化粧っけのない頬を僅かに染めているから、「女っけのない兄がとうとう嫁を連れて帰ってくる」とでも思っているのだろう。連れて帰るのは愛しい相手だから、「嫁」と解釈してもいいのかもしれないが、そういう扱いに絶対零度の怒りを湛えそうな美貌の恋人を思い、ただ「親しい友人」とだけ伝えておいた。一部の耽美趣味な貴族を除けば、帝国において同性愛は忌避されるものであったし、老親と出戻りの妹を驚かせた挙句に恋人の不興をわざわざ買うこともないだろう。彼がビッテンフェルト家の二男坊にとって大切な人間であると、それを理解してもらえればいいのだから。
「そいつは随分と美形だから、せいぜい着飾って迎えてくれよ」
 軽口を叩くと、画面の中の妹はやはり母親そっくりの顔と声で何やら喚き散らした。


「降誕祭からの休暇?特に予定はないが…」
 実家への通信を切ると、次いで恋人の携帯端末に掛け、休暇の過ごし方を尋ねてみた。恋人は貴族で、大層懐も豊かであったから、夜会だ何だとキラキラちゃらちゃらした催しで忙しいかと思っていたが、そうでもないらしい。思わず端末を持っていない方の手を握り締め、ガッツポーズをとる。
「そうか!そいつはいい!…ならば…」
 声のヴォリュームを2段階ほど上げて、実家でともに過ごそうと伝えると、恋人は沈黙した。ゆうに30秒近く。あまりに静かなので自分の大声で携帯端末が故障してしまったかと柄にもなく心配してしまった。
「なぜ、卿の実家に行かねばならん」
 ようやく聞こえた声は静かで、そして冷たかった。端末を当てていた耳が凍りついてしまうかと錯覚してしまうほどに冷たい声だった。
「何でって、そりゃお前…っ」
『降誕祭なんだから家族と過ごして当然だろうよ』そう続けようとしてはっと思い至る。
脳裏に浮かぶのは先だって邪魔したロイエンタールの私邸だ。豪奢だが、冷たい、温度の感じられない屋敷。屋敷で凍える美しい青年。やかましい兄妹とご馳走を取り合い、貰ったプレゼントにはしゃぎすぎて早速壊してしまい、父親の拳骨を食らう。そんなビッテンフェルトにとって当然であったクリスマスの過ごし方は、この美しい青年にとっては「当然」ではなかったのだ。家族と、そして恋人と過ごせる降誕祭に浮かれていた自分を呪いたくなった。端末越しにかける言葉が見つからない。
「その、すまん。何と言ったらいいのだろうな?…降誕祭は、降誕祭はなぁ…大昔の何とかいう偉い奴の誕生日らしいがな」
『しどろもどろ』というのはこういう状態を言うのだろう。『大切な家族と過ごす日だから、大切な卿とも過ごしたい』この言葉が上手く出てこないのだ。
「うー、それでだな、降誕祭はご馳走が食えるし、プレゼントも貰えるしな?あー、俺は降誕祭が好きなんだ。うちのお袋は面相は不味いがメシは旨いのだぞ?だからご馳走をな、卿と」
 もごもごと続けようとしたところで、端末から恋人が噴き出す声が聞こえた。続く低い笑い声はそのトーンこそ冷笑と同じだったが、耳に温かい。
「降誕祭に興味はないが、ご母堂の美味いご馳走には惹かれるものがあるな。いいさ、酒は上等のを俺が用意してやる」
笑いを含んだ温かい声で、からかうように恋人に囁かれたビッテンフェルトは、今度こそ大きくガッツポーズを作り、オフィス中に響かんばかりの歓声を上げるのだった。


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 ロイさんの「ビッテン家訪問」inクリスマスです。

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