互いの好意を確かめ合ってから、更に数日後、ロイエンタールとビッテンフェルトはついに二人で夜を迎える機会を得る。
 例の居酒屋で想いを確かめ合った晩は、時間的な余裕がなく、互いに触れ合うことはなかった。あの時点で、心理的に大いに満たされたため肉体を求める必要がなかったというのも理由の一つだ。
 だが双方ともに健康な肉体を持つ成人男性である。心が満たされれば、肉体的な接触は不要というわけにもいかない。
 開戦を控えて軍務に忙殺されている時であれば特に気にするほどではなかったが、ふとした空き時間や就寝前などは互いの肉体が触れ合う瞬間を思い描き、気恥ずかしさを感じるしかなかった。
 互いの肉体が重なり合い、深く触れ合う様は、実に甘美な想像だった。女性相手ならば百戦錬磨のロイエンタールにとってもそれは甘美かつ新鮮なものとして感じられた。
 

 しかし、男性という同じ肉体を持つ者同士であるから、「上手くやれるのか」「どのようにすればいいのか」という不安も付きまとう。
 何をどうするのかという点において、双方ともにいくらかの知識はある。作法そのものは知っている。互いの肉体に触れるというのは女性相手の場合とそう変わらないだろう。それに続く行為が問題だ。
 ビッテンフェルトが悩むのは「どのようにすればロイエンタールの肉体に負担をかけず、良い思いをさせられるか」の一点だった。
 対してロイエンタールはいささか複雑な思いを抱えていた。ビッテンフェルトは十中八九「挿入する側」として行動するだろう。それは確信めいた予感だった。
 では自分は「挿入される側」か。ビッテンフェルトに触れたいと思うし、触れられたいとも思う。
 欲望の熱に浮かされた彼の肉体は常以上に熱く、自分の肉体と魂を温めてくれるだろう。甘美な想像はしかし「挿入される」という具体的なところには結びつかない。
 とは言え、自分がビッテンフェルトに「挿入する」行為はさらに遠く感じられ、わずかな違和感と恐怖を抱えつつも、行為の受け手となることを覚悟するしかなかった。


さて、ロイエンタールの寝室である。二人は終業後、食事と少量の酒を楽しみ、今に至っていた。それぞれ緊張をしながらもシャワーを浴びる。


 先にシャワーを済ませたビッテンフェルトは所在なさげにぐるりと室内を見渡す。
 自身も帝国軍大将という厚遇を得ているから、それなりの官舎に住まっている。だが、この豪奢な邸宅はどうだろう。ロイエンタールの私邸のひとつだというが、平民の内でも富裕市民といえるほどではなかったビッテンフェルトには驚きと呆れしか感じられない。
 しかも、「私邸の一つ」ということはこの屋敷以外にも似たようなものをいくつか構えているのだろう。寝室までに通った個所も大層広く豪奢であったが、主寝室であるこの部屋はことさらだ。なにやらよくわからないが、美しい家具調度を備え、絨毯は足が取られそうなばかりに毛足が深い。今、自身が腰かけているベッドのマットレスといったら、このまま永遠の眠りにつくことを望んでしまいそうなほどに心地よい。
 ひとしきり室内の豪華さに面食らってから、ビッテンフェルトはある点に気がついた。
 確かに豪華で、人が眠るために必要なものの内の最上級のものが取りそろえられている。だが、まるでホテルの一室のようで、なにやら尻のあたりがむずがゆく落ち着かないのだ。高級な家具など縁のない物だからなのかとも思ったのだが、すぐに違うと気付く。
 この部屋には生活感がない。人が住まうという温度がないのだ。
 それはこの寝室だけではない、屋敷全体にも感じられた。豪華で、上等で、使用人たちの気遣いに溢れている。しかし、温度がない。どこか冷たい。
 その冷たさはかつてのロイエンタールを思わせた。礼は尽くしているし、何の欠点もない。だが、慇懃で温かみや可愛げない。
 ここ最近のロイエンタールには人としての温度が感じられた。ビッテンフェルトの冗談や振る舞いに笑い、戸惑い、怒っていた。
 だが、それもこの屋敷に辿り着くまでの間だけだ。この屋敷に辿り着き、このベッドに入ればたちまち温度を失い、冷えた美しい人形となってしまっていたのだろう。
 ミッターマイヤーのようにロイエンタールの口から彼の孤独や生い立ちを聞いたわけではなかったが、ビッテンフェルトは彼の本能でそれを感じ取った。
 幼いころから、この豪華だが冷たい寝室で魂を凍えさせたいたのだろう。それは成長しても変わらず、「そのようなもの」とさえ受け止め、凍えたまま夜を過ごしていたに違いない。数多の女の肌はわずかでも自身の魂を温めるためか。
 そう思い至り、ビッテンフェルトは目頭が熱くなるのを感じた。ロイエンタールの孤独を思い、顔を手で覆う。


 温めてやろう、俺が。
 俺の熱を分けてやろう。
 この部屋で凍える夜はもう来ない。


 ロイエンタールが浴室の扉を開け、ビッテンフェルトの前に現れたのは、彼が胸の内でそう呟いたのとほぼ同時だった。


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