新帝国歴2年6月、ロイエンタールは新領土総督としてハイネセンの地を踏んだ。
自由惑星同盟が征服されるにあたって、大規模な地上戦は行われなかったため、ハイネセン市民の生活は敗戦国の占領民とはいえ、以前と大きくは変わらない。もちろん、ある程度の言論統制はあるものの、戦時下の同盟政府もほぼ同様の施策を行っていたため、心持ちがいささか異なるだけであった。
 実際、インフラの整備においては戦時下の同盟よりもマシであったし、経済活動自体はほとんど制限されることなかったこともあり、税を納める相手が変わっただけと捉えている市民も少なくなかった。もちろん、それすらも自由主義の精神を骨抜きにする策だとして反発するものも少なくなかったのも事実のひとつだ。

 ともあれ、市民は少しばかり窮屈だが不便のない生活を享受し、ロイエンタールは精力的に政務を執り行っていた。

「で、これは何だ?」

 ロイエンタールは、執務机に置かれた資料を一瞥すると傍らのレッケンドルフに尋ねた。
机上には色鮮やかな表紙の雑誌が置かれている。

「閣下より先だって承った件です。同盟の文化に触れねばならん、とのことでしたので、市民が購読しているという雑誌を購入して参りました」

 確かにそんなことを言った記憶がある。被征服民の文化をないがしろにし、征服者の文化を押し付けるような愚を犯してはならない。同盟風と帝国風のどちらが上等かということもないのだから、人心を掌握するためにも同盟風の文化を知る必要があった。

 レッケンドルフが辞してから、ロイエンタールは件の雑誌をぱらぱらとめくる。
政治・言論系の雑誌には苦笑してしまう。敗戦の原因を追究しようとするものや、新帝国のインフラ整備とフェザーン資本の土建屋の関係を追究しようとするものなど、的を得たものからでっちあげに近いものまである。
ひとしきり読み、次に手を伸ばしたのは女性向けの情報誌だ。
見出しに目をやり、思わず吹き出してしまった。

『帝国軍イケメンランキング!ストイックな魅力に夢中!』

 ページを捲ればどこで入手したのやら、皇帝ラインハルトから将官クラスまで写真とともに簡単なプロフィールが紹介されていた。とりわけ、皇帝、そしてロイエンタールとミッターマイヤーの扱いが大きい。
驚いたのはベルゲングリューンまでも「渋メン」と評されていたことだ。「渋い」「ストイック」「恋人を大事にしてくれそう」など、好意的に評されている。本人が知ったらどういう顔をするものか。
写真の髭面をつつき、「渋い」部下を脳裏に思い浮かべる。

(髭を渋いと言えばそうだろうよ。ストイック?あいつはあれで結構な呑兵衛だぞ)
(…「恋人を大事にしてくれそう」か…これはどうかな?上官は大事にしてくれているようだが)

 なかなかどうして、旧同盟の連中も慧眼を持っているようだ。連中の前で髭の部下を連れまわしたらどうなるだろうか。きっと面白いに違いない。


 そして翌週、ロイエンタールは官舎にベルゲングリューンを呼び出した。
何事かと畏まるベルゲングリューンに、ロイエンタールは嫣然と笑みながら命を下してやる。

「デートをするぞ、ベルゲングリューン」

「は?」

 ベルゲングリューンは姿勢を崩さぬまま固まってしまう。その姿にますます笑みを深くするとロイエンタールは件の征服者と被征服民の文化について語って聞かせてやった。
 皆まで聞いたベルゲングリューンは、ロイエンタールの考えに感動する間もなく、あれよあれよと着替えさせられてしまうのだった。

 「これを着ろ」だの「これを履け」だの放り投げられる服や靴はどれもぴったりとサイズが合っている。「何故閣下は小官の服のサイズをご存じなのですか」という当然の疑問は、上官どのの笑みに封じ込まれてしまった。どうにもこの美貌の上官の微笑みは性質が悪い。
 デートという表現や服のサイズやら、疑問はいくつも生じたが、笑みに丸め込まれてあっという間にカジュアルスタイルのベルゲングリューンが出来上がってしまった。ロイエンタールも同様に着替えている。

「では行くか」

 お忍びだからして「閣下」と呼ぶな、とか軍人とばれぬようにしろ、だとかいくつか命じられたベルゲングリューンは美貌の上官に引っ張られるようにしていずこかへ連れて行かれるのだった。


 まず向かった先は、フェザーン資本だとかいう大きな洋品店だ。広い店舗にところ狭しと服が並べられている。そういった販売形態は帝国内ではまず見たことがない。
何よりも驚くべきはその安さだろう。
どうやら流行の先端らしい種々の洋服や靴などがにかく安い。事前に情報収集をしてきたロイエンタールいわく、ファストファッションというらしい。
 もちろん庶民には手の届かないほどの高級品もあるのだが、フェザーンや同盟では低価格のこういった店舗のおかげで庶民も着飾ることが出来るという。

「なるほど、一部の特権階級のみが文化を享受できるのではなく、庶民も同様に楽しむことができるのですな」

「庶民が高水準の文化レベルをもつことは一長一短ではあろうがな」

「しかし、ここはお似合いです、と言うべきなのでしょうか?先ほどの店員はしきりと褒めておりましたが…私には判りかねます」

 それぞれがこの店で購入した服を着たのだが、文化の違いのせいで良いのか悪いのかまったく判断ができない。
服を見立てた男性店員が、くねくねと身を捩じらせながら褒めたてていたし、店内の女性のことごとくの視線を集めているのだから、きっと良いのだろう。
もっとも、美貌の上官どのであればボロを纏おうが同様の評価を得られそうなものだが。
 しかし、件のくねくねとした男性店員の手によってベルゲングリューンも見事な「渋いイケメン」に仕上げられ、彼もまた周囲の視線を集めている。ロイエンタールと違って男性の視線の方が熱いのは何故だろうか。そしてその男性らは先ほどの店員と同じように妙にくねくねしているのは何故か。
 これも文化の違い故だろうか、とベルゲングリューンは首をひねり、そんな髭面の部下の姿に笑いを堪えるしかないロイエンタールであった。

 視線を送る彼女らや彼らを一瞥して、ロイエンタールは声音に笑いを含ませながら部下に話しかけた。

「どうだ、もてているじゃないか、ベルゲングリューン。卿の魅力は文化の壁を乗り越えたようだぞ」

「ご冗談を。貴方と一緒だからですよ。私ひとりでは路傍の石ころみたいなもんでしょうよ」

 ベルゲングリューンはため息を交えて返す。どうにもこの上官は性質が悪い。性質が悪いのは今に始まったことではなく、意地の悪いからかいも常のことであったが、今日の上官は特別だ。
 何せよく笑う。そしてお忍びであるから仕方がないが、顔を寄せて囁いてくる。美貌の上官が嫣然と微笑みながら、その美しい顔を間近にしてくるのは非常に心臓に悪い。
心拍数が増加し、血圧も上昇する。決して、上官にやましい想いなど抱いていないつもりだが、顔に朱がのぼり、掌に汗をかく。それを見抜いてさらに笑うのだから、本当にこの上官は性質が悪い。
胸を押さえてベルゲングリューンはカウントしきれないため息をついた。


 それからもロイエンタールとベルゲングリューンはあれやそれやと物珍しいものを見て回った。
庶民に広く浸透している同盟文化に感心したり、上官のからかいに部下が鼓動を速めたりと時は過ぎて行った。
 ピンク色の二人掛けソファが並ぶカフェで、何やらハート形に整えられたケーキを前に、ベルゲングリューンは大きくため息をついた。
周りは女性ばかり、数少ない男性は女性の連れか、くねくねした連中しかいない。彼らの視線はやはりロイエンタールとベルゲングリューンに集まり、ロイエンタールは微笑みながら本日何度目かの言葉を繰り返した。
この店といい、ロイエンタールの上機嫌といい、「もてる」「魅力的だ」などと、本当に訳が分からない。そして心臓に悪い。

「楽しいですか?」

「ん?何がだ?」

 問い返すロイエンタールの顔をやはり笑んでいて、ベルゲングリューンの鼓動が跳ね上がった。これさえなければ尊敬に値する良い上官であるのに。ベルゲングリューンは自身の胸を押さえた。

「視察にかこつけて私をからかって楽しいですか、と聞いているのです」

「卿は楽しくないのか?」

 さも意外だというようにロイエンタールは整った眉を上げた。ロイエンタールは髭面の部下が予想通りの困惑顔でため息をつきつつ自分につき従っているのが楽しくて仕方がない。雑誌で評判の洋品店で、雑誌で評判の服を買い、また雑誌で評判のカフェに来たのは、ひとえに彼のこの顔を見るためだ。

「それに、卿は何か思い違いをしているようだ」

「思い違いとは何でしょうか?愚鈍な私にもわかるようにご説明いただきたいものですな」

「俺の有能な部下はもう忘れてしまったようだ。最初に言ったろう。これは視察ではないぞ」

 にっこりとほほ笑んでやれば、部下はことさらに髭面を歪めて胸を鷲掴んだ。
ますますもって予想通り。言葉を続ければさらにこの部下は困惑するだろう。

「いいか、よく聞けよ。これは視察ではないぞ。デートだ、デート!」

 言い放ちにやにやと笑うロイエンタールの前で、不幸な髭面の「渋メン」は胸を押さえながらテーブルに突っ伏するしかなかった。


 後日、ロイエンタールは再び雑誌で評判というレストランやバーに髭の部下を誘い、断り切れない部下はやはり胸を鷲掴んで悶えることとなる。
このからかいの対象がベルゲングリューン以外になることはなく、彼はますます困惑を深めていくのだった。

 ハイネセンはベルロイの愛の巣ですよ!

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