ママ、どこなの?僕の声が聞こえる?
 とっても寒いんだ。僕を抱いて。


 金の巻き毛が愛らしいこどもがひとり。薄暗く広い部屋の中で膝を抱えていた。
 この銀河宇宙において彼の名を知らない者はないだろう。彼のの父が亡い今、至高の冠を戴き、黄金獅子の旗の元、銀河の頂点に立つ人物だ。
 ローエングラム朝の2代皇帝アレクサンデル・ジークフリート。

 しかし、今この場で膝を抱えている姿はただの幼い子供にしか見えない。

 こどもはこぼれる涙を夜着の袖で拭い、細い声で呟く。

「みんな言うんだ。僕が邪魔しちゃいけないって。でも、どうして、ママのそばにいては駄目なの?」

 少年の母、皇太后ヒルデガルドは実に聡明な女性であった。
初代皇帝ラインハルトがそうであったように、現在のローエングラム朝を支える寵臣たちは皆軍事には十分すぎるほどに明るいが、それに比べれば政治経済にはやや疎い。いずれも公明正大ではあるものの、そもそもの物の考え方が違っていた。夫の生前から、彼女は広い視野とバランスに富んだ思考で朝の政を支えていた。
 今、戦乱の世は終り、新たな時代を築く。亡き夫と幼いわが子のため、彼女は国の礎たらんと日夜身を削るように政務を執る。
 それは彼女なりの精いっぱいの愛情表現ではあったのだろう。
しかし、彼女の行為は愛する我が子に孤独を与えていた。


「ママ、僕の部屋は夜はとっても寒いんだ。今僕は目が覚めて震えているよ」


 震える声で呟くアレクサンデル・ジークフリートを抱く腕は無い。
 空調設備は十分に働いているものの、誰もおらず飾り物の暖炉が消えた夜は、幼子には寒さばかりを感じさせていた。


「僕が泣いてても、誰も僕を撫でてくれない。どうして僕を一人ぼっちにするの?」


 拭っても拭っても溢れる涙を堪え、母が今扉を開けてくれるのを待つが、扉はぴくりとも動かない。
 視界が涙でぼやける中、突然そこに人影が現れた。


「誰?」


 アレクサンデル・ジークフリートは震える声で問う。
 人影は大人の男のようだった。それもかなりの長身だ。
 長身の人物ならば、獅子の泉の七元帥にもいる。しかし、現れた男は七元帥の誰でもないようだ。
 人影はゆっくりと幼子に近付く。間接照明に浮かぶその姿は、やはりアレクサンデル・ジークフリートの知らない男だ。
 男のまとう黒衣は元帥たちの軍服とよく似ている。しかし、元帥たちのそれが銀糸や徽章に彩られているのに対して、男の物はまったくの黒一色だった。今少し室内が明るければ、その黒衣には黒い糸で細やかな刺繍が施されているのが見えただろう。
 黒一色の男の姿は、アレクサンデル・ジークフリートが読んだ絵本に出てくる悪魔や死神を思わせた。
 しかし、恐怖は感じない。幼子の前に辿り着き、膝を付いた男の顔は青白いが美しく整っており、優しく微笑んでいたからだ。

 見惚れるように言葉を失った言葉を失った幼子は、父譲りの瞳をくるりと瞬かせた。


「友達だよ。君に俺が必要ならやってくるよ」


 微笑む男が両腕を幼子に向かって差し出せば、幼子は迷うことなく飛び込むようにその胸に抱きついた。
 男の胸はどこかひんやりとしており、母のように温かくはない。それでも抱きかかえる腕や包む胸は確かにそこに存在し、求めていた物をやっと得られたアレクサンデル・ジークフリートには嬉しくてたまらない。
 近い距離から男の顔を見たアレクサンデル・ジークフリートは驚いた。男の両の瞳は青と黒がひとつずつ、色が異なっていたのだ。

(宝石みたい!こんなに綺麗なひとが僕の友達だなんて!)
(なんて素敵なことだろう!)

 抱きあげられたまま伸びあがり、丸い頬を男の青白いそれに擦りつければ、男はさらに笑みを深くして頭を撫でてくれた。


「ねえ、聞いて!僕のパパはすごい英雄だったんだ」


「僕だって頑張れば英雄になれるんだよ。昨日も猫を殺したんだ。残酷で悪い奴にもなれるんだ」


 得意げに語る声に男は両の瞳を見開き、やや驚いた風な表情をする。叱責させるかと首を竦めたアレクサンデル・ジークフリートだったが、彼に与えられたのは柔らかく金髪を撫でられることと、頬への柔らかな口づけだった。
 それはとても嬉しくて誇らしかった。だが男の瞳が悲しげな色を湛えていることに気がつくと、とたんに悲しくなった。
 白くて柔らかかった猫、大切な友達が悲しい顔をするなんて、殺さなければよかったのに。
 後悔の感情を上手く表現できず、幼子は俯いて男の胸に顔を埋めた。その頭と背を男の手は優しく撫でてくれる。


「パパのような英雄になるんだ、僕は。でも、できれば、とてもやさしいひとになりたい」


 顔を埋めたまま、幼子は小さく囁き、啜り泣きはじめる。男は先ほどと同じように、何度も背を撫で、柔らかな金髪に覆われた頭部に口づけた。
 幼子の母が与えないものを、何度も何度も与えてやった。
 幼子の啜り泣きと、男のかすかな衣擦れが暗い室内に響いていた。


 ママ、僕はママのそばにいたいんだ。
 なのに、ママはどうして僕をひとりにするの?




 好きなミュージカル作品を見ていたらつい…。
アレク=ルドルフ、ロイ=「死」ですが、別に大人になったアレクが共和主義に目覚めたり、マイヤーリンクでロイとチューしたりはしませんw

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